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日本人が手がけたロンドン地下鉄の書体「New Johnston」と2度の進化
イギリスは観光大国である。 日本の約半分の人口しかいない英国であるが、出国も入国も日本と比べて桁違いである。 特に、世界の首都、ロンドンにおいては年間約2,000万人の訪問客が訪れる*。 訪日外国人旅行客が急増している日本の首都・東京でも、2018年の訪問客は約950万に過ぎず、ロンドンの半分以下だ。
逆に、そこまでの旅行客が訪れると大切になってくるのが、交通インフラの文字表記のわかりやすさである。 訪問客にとってわかりにくい文字は混乱を招き、街の動線が滞留する原因にもなるだろう。 つまり、徹底的にわかりやすい書体を使って、ロンドナーだけでなく、その街を訪れる人をガイドできるかが大切なのだ。 そんな重要な役割を担った日本人が、実は存在する。 今回はロンドン地下鉄を手がけた、ある日本人をクローズアップしてみよう。

▶英国で仕事を初めて大抜擢、歴史ある「Johnston」書体をUpdateした河野英一 氏とは
日本人タイポグラフィック・デザイナーである河野英一氏は、1974年に渡英。 ロンドン印刷大学や英国王立芸術大学院の情報デザイン/文字可読性研究室にてタイポグラフィを学んだ後、英国にてデザイナーとして独立されている。 具体的なタイポグラフィの仕事では、1979年のロンドン地下鉄の書体をUpdateしたことだけでなく、英国電話帳ページのスペース節減や英国エコノミストのデザイン、Windowsの標準書体「メイリオ」のデザインのチームリーダーとして開発など華々しい活躍をされている。
特に、1916年にエドワード・ジョンストンによってデザインされた書体「Johnston」を1979年にUpdateし「New Johnston」としたことは特筆すべき業績だ。 歴史を重んじる英国では、新しいものを提案することは、日本人が思うよりもプレッシャーがかかる仕事であり、時には激しい非難を浴びる仕事だからだ。
ロンドンの中心部、コベントガーデンにあるトランスポーテーション・ミュージアムにもこの河野氏の業績の紹介と、名前は刻まれている。 日本人でありながら、世界首都・ロンドンの地下鉄やバスなどの交通機関で一緒に親しまれていた書体をUpdateした功績は素晴らしいとしか言いようがない。
参考: https://www.ltmuseum.co.uk/
▶進化する書体「New Johnston」、21世紀のデジタル時代に合わせてUpdate
そんな河野氏がデザインした「New Johnston」もさらなる進化が待っていた。 21世紀は時刻表もスマホで見るのが当たり前。 よって、書体もスマホで読みやすい書体にする必要性があったからだ。
新しい書体の名前は「Johnston 100」。 ロンドン交通局(TfL)により、2016年7月に書体刷新が発表された。担当者達が1916年に生まれた書体の歴史を紐解き、現代に合わせてどうやってアップデートを行ったかは、上記動画にまとまっている。 ご興味をもたれた方はぜひ観てほしい。
▶ロンドン地下鉄の書体もまた、人によって引き継がれる
1916年に時代を先取りした書体として生まれた「Johnston」。 1度、日本人の手によってUpdateされ、さらに100年の歴史の節目にデジタル時代に合わせてさらなる進化を遂げた書体は世界でも稀有な存在だ。
本書体は、NO ANTIQUE NO LIFEが常に強調している「過去はいつも新しく、本物の未来はいつも懐かしい。」を強く感じさせる。 100年の年月を経て、なお進化しつづけ、ロンドンに滞在する人々に日々読まれているこの歴史ある書体(=物)もまた、河野氏や新しい担当者(=人)によって引き継がれている。 進化するロンドンの交通網と共に、この進化し続けている書体にも要注目だ。
*引用:
・市場調査会社ユーロモニターインターナショナル
https://go.euromonitor.com/white-paper-travel-2018-100-cities.html
・Monotype: Johnston100 comparison with Johnston New